「やる気が出ない」のではなく、実は「やる気など出したくない」のかもしれない。
最近、やる気について考えることが多くなっています。
やる気をある程度でもコントロールできれば、もっとストレスなく充実した毎日が送れるんじゃないかと思うからです。
そこで、暇を見つけては眺めているのがやる気のスイッチ!という本。
大きく取り上げている書店も多いようで、表紙ぐらいは目にしたことがあるかもしれません。
内容に入る前に、この本の装丁やデザインについて一言。
随所にシンプルやイラストや写真が挿入されていて、ストレスなく読み進められるよう工夫されています。
本文部分の紙もわりと上質なものが使われているようで、指先に心地よく、また目も疲れにくいような気がします。
これらのことは、本書の全体を貫く無意識=心との付き合い方への深い考察が書籍のデザインに現れたものではないかと思えます。
さて内容ですが、まずやる気はコントロールできるという前提の下に、いかにしてやる気をコントロールするかが具体的に述べられています。
やる気はコントロールできる
著者は、本書の冒頭でまず僕たちが見ている世界が一定のフィルターを通したものであって極めて主観的なものであることを述べます。つまり、何の変哲もない日常的な景色も見る人が違えば違った世界に見えるし、また一人の人が見る同じ景色を見ても、そのときに何を意識しているかによって違う見え方になるというのです。
こう書くと、なにやら胡散臭さが漂うのですが、例えば・・・
いつも通勤で使っている電車の車両に乗るときでも、ドラクエⅨにはまっているときは、やたらとDSを手にしている人が目に付いたり、風邪をひいた家族を心配しているときは、マスクをしている人や顔色の悪い人がたくさん視界に飛び込んできたり・・・。
きっといつだって電車の中でDSを手にしている人はたくさんいたはずですし、冬になればマスクをして電車に乗っている人はいくらでもいたはずなんですよね。でも、自分がそれらに何の興味・関心がないときには、目はそれらを捉えていても、本当に見えてはいないのかもしれません。
これまで半信半疑で見ることが多かった
夢は願えばかなう
という言葉も、先に述べた文脈でとらえればなんとなく真実味を帯びてくるから不思議です。
つまり、強く意識している夢や目標があれば、そのフィルターをかけた状態で日常を過ごすことができ、その実現に役立ったりそれに関連するものが五感に響いてきてその達成を容易にするんじゃないかと。
そういう意味では、やる気がないときは、まず次のように自問することが必要なのかもしれません。
- 本当はやりたくないと思っているけどやる気を出さなければならない状況なのか?
- やりたいと思っている(ことがある)けどやる気が出ない状況なのか?
もし前者なら、必要なのはやる気を出す方法ではなく、それを好きになる方法(これは難問です)、またはやりたくないことをさっさと終わらせるための方法(仕事なら業務の効率化や集中力を持続させる方法でしょうか)なのかもしれません。このような状態のときは、やる気のスイッチ!はあまり役に立たないかもしれません。
しかしもし後者なら、やる気のスイッチ!が大いに役立つものと思われます。

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